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取締役全員を代表取締役に選定する定款と決議の可否

取締役会非設置会社における代表権の基本と定款規定の役割

取締役会を設置しない株式会社においては、原則としてすべての取締役が会社を代表する権限(代表権)を有するとされており、定款によってこの代表権を制限し、「代表取締役」の制度を導入することが可能です。この代表取締役の選定機関は、定款で特に定めがない限り、株主総会となります。

一方で、実務では「全取締役に代表権を持たせたい」と考える会社も少なくなく、この場合、定款の文言次第では、形式的に株主総会で「全員を代表取締役に選定する決議」を行うケースがあります。しかしながら、本来であれば全員が代表権を有している以上、そのような決議は不要ともいえます。

ここで問題となるのは、定款における代表取締役に関する規定があいまいな場合、その解釈次第で、「決議がなければ代表権を有しない」と評価されるリスクがある点です。結果として、「決議不要なはずの状況でも、念のため代表取締役選定決議をしている」会社が多く、登記の場面でも実務対応に差が出ているのが現状です。

実際に見受けられる定款文例としては、以下のような違いがあります。

定款の例 意味合い
①「取締役は会社を代表する。ただし、取締役が2名以上の場合は株主総会の決議により代表取締役を定める」 原則は各自代表。複数人の場合に限って、選定決議で代表取締役を定める方式
②「代表取締役は株主総会の決議により選定する」 一見すると全てのケースで選定決議が必要とも読める。決議しなければ代表権がないと誤解される恐れも
③「取締役が2名以上存する場合は、株主総会の決議により代表取締役を定めることができる」 決議によって一部に代表権を与える余地を残しつつ、原則は各自代表とも読める柔軟な定め
④「取締役は会社を代表する。ただし、株主総会の決議により代表する取締役を定めることができる」 原則は各自代表で、限定的に選定決議を行う形。会社法の原則に則った記載

このように、「代表権を誰に与えるか」の問題は、定款の文言次第で解釈が変わり、代表取締役の選定決議の要否にも直結します。特に②のような規定の場合、「代表取締役を選定しないと代表権が発生しない」と誤解されかねない点に留意が必要です。

定款文言の解釈と代表取締役選定決議の要否

前節で挙げたような定款の文言は、実務において代表取締役の選定決議が必須かどうかに大きな影響を与えます。特に誤解を招きやすいのが、次のような規定です。

「代表取締役は株主総会の決議により選定する」

このような定めは、「代表権を有する取締役は株主総会で選定されなければならない」と読むことも可能です。
つまり、取締役が1名のみのときでも、選定決議を行わないと代表権を持たないのではないかという疑問が生じるのです。

本来、会社法上は、取締役会を設置しない株式会社であれば、取締役は各自が当然に会社を代表するとされており、代表取締役の制度は任意です。
したがって、特段の選定決議を経ずとも、定款が会社法の原則に沿っていれば、各取締役に代表権があるとされます。

定款の拘束力と実務対応

しかし、上記のような文言が定款にある場合、「代表取締役を選定しない限り、誰も代表権を有さない」といった定款の拘束力が生じてしまうおそれがあります。
登記実務の場面においては、法務局がそこまで厳密に文理解釈を行うとは限らず、あいまいな文言に対して補正が求められることは比較的少ないとされていますが、それでも実務家としては無視できない論点です。

このような背景から、多くの会社では「代表取締役を定めなくても良いケース」にもかかわらず、念のため株主総会で全員を代表取締役として選定する決議を行っているというのが実情です。
つまり、次のような「いずれ決議しておけば問題ないだろう」というリスク回避型の実務運用が広く行われています。

・代表取締役の選定が「本来不要なケース」でも決議を行う
・登記申請時にはその決議に基づき「代表取締役○○」と登記する
・結果として、法務局から補正等の指摘を受けることはほとんどない

もっとも、このような取扱いが「適法であるか否か」については、定款と会社法の整合性をどう捉えるかによって見解が分かれるため、条文上の整理と、実務に即した柔軟な対応のバランスが求められます。

全員を代表取締役とする決議を行った場合の登記実務と実際の運用

前節で述べたとおり、定款の文言によっては本来不要な「代表取締役の選定決議」を、全員に代表権を持たせる場合にも実施している会社が多く存在します。
このような場合、実際にはどのように登記申請がなされ、法務局の対応はどうなっているのでしょうか。

実務上よくあるパターン

例えば、取締役が2名おり、定款上は「株主総会で代表取締役を定めることができる」との規定がある会社が、以下のような対応をとるケースです。

・株主総会において、「取締役AおよびBを代表取締役に選定する」と決議
・就任承諾書も「代表取締役A」「代表取締役B」として個別に作成
・登記申請では2名を代表取締役として申請(登記簿には「代表取締役A、代表取締役B」と記載)

このように、全員に代表権を持たせる意図で、全員を代表取締役に“選定”しているのです。

法務局の運用は?

この場合、定款の定めや法的解釈によっては「選定決議を行わなくても登記可能」な場合でも、法務局側から補正や否認の指摘を受けることは、実際にはほとんどありません。
つまり、登記申請上は「全員を代表取締役として選定した」という形をとれば問題なく通るのです。

ただし、以下のような点には注意が必要です。

注意点 内容
定款との整合性 定款に「代表取締役の選定はしない」と読める記載があると、選定決議が矛盾する可能性あり
重任時の対応 全員重任する場合にも、再度「代表取締役に選定する」決議を行うかどうかの判断が必要
株主総会議事録の整備 「代表取締役を選定した」と明示された議事録が必要。省略や曖昧な記載は登記補正の原因に
辞任・解任時の再調整 1人が辞任した場合、残る取締役の代表権の根拠をどう扱うか注意が必要(定款に代表者が複数いることを前提とした文言でない場合、代表権の空白が生じるリスク)

実務的には、「全員代表」の形で代表取締役の選定決議を行う方がシンプルでトラブルが少ないと考えられており、定款があいまいな場合にはあえて選定決議を行うことで登記の安定性を確保するというアプローチが取られています。

代表取締役選定における実務上の注意点と定款設計の工夫

取締役会を設置しない会社において、取締役全員に代表権を持たせたい場合、定款の文言次第で手続きや登記に影響が出ることを見てきました。
では、こうした混乱を避けるために、実務上どのような工夫が求められるのでしょうか。

明確な定款規定が最重要

取締役全員に代表権を付与したい場合には、以下のような会社法の原則を明示的に確認する定款規定が望ましいとされます。

「取締役は、各自会社を代表する。ただし、株主総会の決議により代表取締役を定めることができる。」

このような規定であれば、代表取締役制度は任意で導入できると解釈され、あえて選定決議をしなくても全員に代表権があるという法定の原則と矛盾がありません。
逆に、「代表取締役は株主総会で選定する」等の文言のみが定款にあると、選定しない限り代表権が発生しないとも受け取れるため、注意が必要です。

登記申請の際の実務対応

たとえ「全員代表」で問題ないケースであっても、実務上は以下のような観点から代表取締役選定決議を行う方が安全とされています。

・議事録を整備しやすい
・就任承諾書の形式が明確になる
・代表印の提出義務との整合がとれる
・法務局での補正リスクが実質ゼロになる

会社は複数人代表でも問題ないため、全員を代表取締役とした登記が認められています。

誤解を避けるためのアドバイス

実務担当者や経営陣にとって、「代表取締役は1人でなければならない」といった誤解は根強く残っている場合があります。
また、定款文言の解釈があいまいなまま慣習的に決議を重ねてしまうと、登記や議事録との整合がとれなくなることも。

そのため、以下のような対応が推奨されます。

推奨される対応 理由
定款の文言を法定原則に準じた記載に整備 あいまいな解釈・補正のリスクを回避
実際の運用方針(全員代表/一部代表)を定め、株主総会での議決方針も統一 毎回の手続の一貫性を確保
登記簿上の「代表取締役」の記載と定款の文言を整合させる 登記後の定款との不整合を避ける


手続きのご依頼・ご相談

本日は、取締役全員を代表取締役に選定する定款と決議の可否について解説いたしました。
会社法人登記(商業登記)に関するご依頼・ご相談は、千代田区の司法書士法人永田町事務所までお問い合わせください。



本記事の著者・編集者

司法書士法人永田町事務所

商業登記全般・組織再編・ファンド組成・債務整理などの業務を幅広く取り扱う、加陽 麻里布(かよう・まりの)が代表の司法書士事務所。
【保有資格】
司法書士登録証

会社法人登記(商業登記)の

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